「貪・瞋・痴(癡)」をそれぞれ考えたとき、ひとつだけ(例えば「貧」だけ)では成り立たない、ということに気が付く。それぞれは密に疎に結合していて、人間の煩悩を構成する重要な役割を担っている。(いや、担って欲しくないけど。)欲求が満たされず、その状況に耐えかねたとき、人は怒りの感情をもつ。では何故そうなるのかというと無知だからだ。
– 「四法印」を考える (4) [思考の遷移図Ⅱ] (via motomocomo) Via もともこも笑いっぱなし
Notes
POSTED Tuesday April 27th